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キカの日記

アルコールとチョコレートケーキ

Lie

過去 自叙

かつての私は目先の快楽を求めてただ猿のように行為をし、流されるがままによく嘘をついたものだ。

虚言が始まったのは幼稚園くらいの時からだ。完璧でないといけない、人に認めてもらわないと甘えることはできないし寂しい、誰かにずっと救いを求めていたのかもしれない。私がつく嘘は見破られていたのかそうでないのかはわからない。この間と言っても一年前の話だが、ある人が「お前って、よくしょうもない嘘つくよな」と言ってきたことがあった。その時は私は嘘なんかついていなくって、ずっと本当だよ、本当なんだよと必死になって言っていた。痛いところを突かれてのぼせた時みたいに頭がぼうっとしたのを覚えている。これがオオカミ少年の気持ちなのかと少し冷静になってみたりした。だがその日以降「しょうもない嘘」というワンフレーズが頭の中を何度も何度もリフレインしていた。あの時言った事実ももしかしたら嘘だったのだろうか。私は無意識に嘘をつくようになってしまったのだろうか。そんなことばかり考えて、とうとう私は人と話すときに自分のことをあまり話さないようになった。受け身が下手で、会話の切り返しがズレていて変になってしまうところが私にはある。そうして月日が流れていくうちに、話をする楽しさや話す意味を忘れていった。本当は自分のことを話すのが好きで、聞いてほしいし、受け入れてもらいたいという欲が強いタイプの人間なのだ。なのに、しょうもない虚言癖が壁となって私を塞ぎ込んで封印した。ストレスがかかるもので、独り言が増えたりもした。虚言をどうにか治したいと喋るときに意識するようにしたが、口から簡単に溢れてしまう場面がなくなることはない。意識し始めて2年の月日が経ち、今に至る。年上の人と話す機会が増えたり、インターネットでも様々な人との関わりが増えた。自分を大きく見せたいという欲がまだあるのかもしれないが、自分を偽ることは以前に比べて減ったというより、もうなくなった。ブログでも偽りなくこうして事実を述べるし、実際に人間と会話をする時も、受け身だけではなく自分の事実を語るようになった。事実を話すという行為は、様々な経験を経てできるということにも気付かされた。17才という年は私にとっては視野を広げることができた年だと思っている。嘘をついてまで自分を大きく見せるということすらできないくらい大きな出来事があったりと、自分が変わるきっかけがあったのだ。私は周りの人たち、環境に恵まれているということを実感した。私は私だけの力で生きていけるなんて思春期の頃は誰しも考えたことがあるだろう。だが、それが無理だと、人に支えられているんだよと気付いた時、私は少し大人になった気がした。